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家づくりの経済学
35
家づくりの経済学(35) 出来高払いの必要性(2)
先日、建築設計事務所を経営する私の友人に会うと、こんな愚痴が飛び出してきました。
「昔は現場で家づくりをしているのが楽しかったが、ここ4、5年、現場に出ると胃が痛くなる」。 その理由を聞くと、まともな大工や職人が本当に少なくなっているうえに、現場監督もきちんとした指導ができないため、施工を安心して任せることができないというのです。
木材の継手・仕口と呼ばれる部分の仕上げも、十年ぐらい前までは常識だと考えられていたやり方で木材を加工できる大工が少なくなっていて、現場に行ってみて驚くことがしばしばだとか。例えば、窓を囲む四角い木枠を作る場合、隅の部分の仕上げ方は2本の木材の仕口をそれぞれ45度の角度で切ってピタリと組み合わせるやり方が常識でした。
私もそう思っていたのですが、最近では45度で仕口を現場でキレイに仕上げる技術がないためなのか、黙っていると「可」という漢字の右上部分の形で、90度に切った材木を簡単に継ぐだけのやり方をするのが増えているというのです。
設計図面も展開図(外観の立面図と同じような室内の立面図のこと)までキチンと書いて現場に渡しても、現場監督も大工も図面をキチンと読めないためか、スイッチやコンセントの高さもバラバラで適当に取り付けられていて全部やり直すよう指示するといった話も珍しくないと言います。
問題は、そうした大工・職人を「現場監督がキチンと指導できない」ことだとか。ペンキ塗り、クロス張りなどの仕上げが悪ければ、厳しく言ってやり直しさせることも現場監督の仕事であるはずですが、そうしたチェックができない。
結局、設計者である友人が現場検査したときに、工務店を説得してやり直しを命じることになるために胃が痛くなる。「現場での加工はどんな仕上がりになるのかが不安。本当はしたくないけど、工場で生産された既製製品を使う方が安心できるよ」と嘆いていましたが、さらにちょっと気になる発言もありました。
「最近の発注者も、施工の知識がほとんどないので工務店やハウスメーカーにお任せ状態。現場監督も大工も育たずに、ますます質が低下する原因となっている」。
発注者もデザインや間取り、設備には興味があるものの、施工の品質や仕上げには関心も知識も持っておらず、それが現場監督や大工・職人の質低下を招いているというのです。
以前のコラムで、大工だった私の祖父が木材の性質を見ながら家のどの部分の材料として使うかを決める作業、いわゆる「木配り(きくばり)」を行っていた話を書きましたが、今ではプレカット工場で自動的に加工された材料をただ組み立てるだけというところがほとんどです。
建築コストを下げるためには、機械化したり、工業化したりするのは避けられないことではあるのですが、発注者側に「家づくり」のこだわりがないままにコスト削減ばかりを求めてしまった結果が、施工を安心して任せられないような状態を招いたのかもしれません。
逆に、死滅しかかっていた技術が、発注者のこだわりによって復活しつつあるのが「左官」です。一時は住宅の外壁はサイディング仕上げやモルタル拭きつけばかり、内装もクロス仕上げが中心となってしまい、左官の仕事が激減した時期がありました。
上棟式のときに、かつては大工の棟梁の次の席は左官の親方で、それだけ左官は家づくりには欠かすことができない技術でした。その左官も絶滅職種になってしまいそうだったのですが、ここ2、3年、再び注目されてきたようです。
もちろん、一部のこだわりのある家で復活しているだけで、辛うじて絶滅を免れたという状況ではあります。それでも、再び注目を集めるようになったのは、自然の木材はもちろん、土や漆喰、石など自然の素材を使った家づくりを指向しようという発注者のこだわりが少し復活してきたからかもしれません。
自然の素材を使った家づくりにこだわるのであれば、「施工」や「仕上げ」にもこだわる当然であるはず。自然の素材を活かすも殺すも職人の腕次第であり、それが本来の「家づくり」であったはずです。
現在の日本の状況においては「施工」の部分は一括請負方式で工務店に発注せざるを得ないとは言えます。まだ専門工事会社の方が分離発注に対応できる力量がないために、工事現場が混乱してしまう懸念があるためです。
現実的な方法としては、こだわりのあるところで、部分的に分離発注を組み合わせるぐらいが無難でしょう。ただ、これだけ優秀な大工や職人が少なくなっている状況が進めば、工務店だけに任せるのではなく、発注者自らが大工や職人を探してきて分離発注せざるを得ない時代が来るかもしれません(さすがにそうならないことを祈りますが…)
出来高払いは、発注者が工種ごとに施工状況をキチンと評価するという意味で、発注者が行うべき仕事であるというのが、私の考え方です。
欠陥住宅の問題でも、もちろん欠陥工事を行った施工業者が悪いのは当たり前の話ですが、公共工事ですら、技術官僚が監理・監督して良い品質のものを何とか作らせることができているのです。やはり「買う」と「つくる」の違いを消費者にキチンと認識させてこなかったことにも問題があるでしょう。
その違いを認識するうえでも、発注者は出来高払いを行うべきであり、それによって施工に対する意識が高まり、現場監督や大工・職人を育てていくことにつながるという好循環につながることを期待したいのです。
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