A-Style 家づくりの経済学  27
家づくりの経済学
家づくりの経済学(27)建築コストを考える(3)
今年も残すところわずかとなりました。コラムの連載を始めて半年、ご愛読いただきありがとうございました。来年も、よろしくお付き合いください。

さて、前回の話の続きをするのですが、実は書こうか書くまいか、連載コラムをスタートしたときから悩んできた話題です。というのも、大多数の消費者の方には全く関係のない話であり、考えもしないような内容だからです。
しかし、テレビなどでも頻繁に取り上げられる欠陥住宅問題と、今回取り上げる問題は、その原因が共通しているというのが私の見方です。欠陥住宅問題の大半は、不良施工業者に原因があるわけですが、不良施工業者をいるのなら当然、不良発注者(発注能力不足を含む)もいるのです。
テレビ番組なら、「こんな欠陥住宅は許せません」といって見世物にして同情や怒りを誘えば使命を果たしたことになるのかもしれませんが、それでは根本的な解決にはならないでしょう。問題の原因は、日本の建設システム全体に及ぶと考えられるからです。
「善意の上に成り立った家づくりシステム」—私は、こういう言い方をしているのですが、基本的に日本における建設システムは、善意の上に成り立っている非常に危うい仕組みと言えます。発注者と施工業者との契約は、互いの「信頼関係」だけで成り立っていると言って過言ではなく、どちらか一方に「悪意」が入り込めば、それを防止することは非常に難しいのです。
欠陥住宅問題は改めて取り上げたいと思っていますが、欠陥住宅問題の一方で、こんな問題もあることを認識していただければと思います。「へぇ〜、そんなこともできるんだ」などと、くれぐれも変な気持ちを起こさぬようお願いして、話を進めていきましょう。

父が工務店を廃業することを決断したのは、「ある事件」がキッカケだった、と私は思っています。その時の父は、怒りと悔しさと情けなさとがない交ぜになった複雑な表情を浮かべてことを今でも鮮明に覚えています。その「ある事件」とは、ある発注者による「工事代金の踏み倒し」でした。
食い逃げ、万引き、無賃乗車に始まり、代金を支払わない事件など日常茶飯事だと思われるかもしれません。企業であれば倒産によって債務回収ができなくなるリスクは当然、覚悟しなければならないわけで、ことさら驚くような話でないと思われるでしょう。
ただ、通常の代金踏み倒しは、払うべきおカネを持っていないケースがほとんど。企業倒産の場合も、資金繰りが悪化しておカネがないから払えないわけで、「そろそろ危ない…」といった信用情報が漏れてきて予防策を取ることも可能です。
「カネはあるのに払わない」—そんなケースには、どうして対応すれば良いのでしょうか?最近では、万引き事件などでカネを持っているのに遊びで万引きしたとか、万引きした子どもを引き取りにきた親が逆ギレしてカネを叩きつけて帰っていったといった話を耳にすることがありますが、何とも“世知辛い”世の中になったものです。
実は私自身も、誰もがご存知の大手出版社N社に原稿を納品した後になって、当初約束していた原稿料を一方的に2割カットすると通知された経験があるのです(もちろん、最終的には支払っていただきましたが…)。
父が遭遇してしまった「工事代金踏み倒し」も、基本的には「カネはあるのに払わない」というケースと言えるでしょう。そもそも家を発注するのは、それなりの経済力をもった人であるというのが大前提です。自己資金だけで家を建てられる人はそう多くないかもしれませんが、そうでなえれば銀行が住宅ローンの融資に応じた人であるはずですから、家を建てられるだけの信用力があるわけです。ただ、工務店は銀行のように土地を担保で押さえているわけではありません。
私の実家のような零細工務店にとって最大の経営リスクは資金回収でした。会社組織ではないので資本金があるわけでもなく、1軒分の工事代金が回収できなかったら即、経営破たんに陥ってしまったのではないかと思います。当然、工務店にとっても発注者が本当に信用できる人なのかどうかは、“人生最大の買い物”である家を発注する消費者が工務店選びにナーバスになるのと同様に不安なのです。
この資金回収リスクに対する最も有効な対策が「紹介受注」でした。以前のコラムで、父の工務店では、飛び込み客の注文をほとんど受けたことがないという話をしましたが、紹介受注とは“信用情報付き”受注でもあるわけです。既存顧客の方が、親族を紹介されるケースも多かったですし、そうでない場合でも「ご主人は大学病院のお医者さんで」とか、「奥様の実家は裕福な地主さんで」とか、紹介者の方はそれなりに身元のしっかりした方を紹介してくれるので工務店としても安心して仕事ができるというわけです。
もちろん、工務店としても高品質の家をつくり続けなければ「紹介受注」が途切れなく舞い込むはずがありません。善意ある発注者と工務店との信頼関係によって、良い家をつくり続ける社会的な仕組みがかつての日本にはあったわけです。
そうした社会システムを、住宅メーカーや建材メーカーだけでなく、行政も消費者も一緒になって壊してしまった、いや、時代の変化によってシステムが存続できなくなったところで、“欠陥住宅”が生み出されているのではないでしょうか。

父が何十年もかかって積み上げてきた信用によって続けてきた家づくりは、工務店の廃業する間際になって「工事代金踏み倒し」という“洗礼”を受けることになりました。工事の現場では発注者からの“口頭”による指示で仕様や設計を変更することも少なくありません。父の場合は、祖父引退後は設計して自ら棟梁として施工するわけですから、可能な限り現場での要望に対しても発注者の希望をかなえる形で対応してきたのです。
「口頭による指示はしておらず、契約どおりの工事が行われなかった」—これが工事代金踏み倒しの理由だったと言います。発注者は、裁判所の仲裁委員を名乗る人でした。工事発注そのものは、奥さんが取り仕切っていてあまりの無理難題に父もノイローゼ状態に陥るほどでしたが、途中から紹介者も知らん振りだったと言います。
もちろん、支払いを求めて裁判所に訴えましたが、なぜか、裁判官は「和解」の一点張り。父がいくら本裁判で争いたいと言っても取り合わずに、執拗に和解を勧めたと言います。被害額は1000万円弱。サラリーマンの給与所得1年分以上のカネを穴埋めするために、老後のための蓄えを取り崩さざるを得ませんでした。
そこで、父は悟ったのだと思います。自分が信じてきた家づくりはもうできない時代になってしまったのだと。
筆者にメールを送信する